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ニュースレター(機関紙)

続・話題の感染症16「毒をもった身近な生物(1)クモとクモ毒」
NL08070103
感染症

続・話題の感染症16「毒をもった身近な生物(1)クモとクモ毒」


海外邦人医療基金(顧問)
長崎大学熱帯医学研究所(客員教授)
日本医師会(感染症危機管理対策委員)
おおり医院 院長(神奈川県)
大利昌久

はじめに

長崎アゲハ(蝶)が2008年、東京都内の雑木林に現れた。本来、長崎県を中心に生息する南の蝶だった。この珍しい蝶が、都内にあらわれたことでコレクターは喜んだが、長崎アゲハが1000Km以上日本列島を北上したことは、地球温暖化の現実を示すもので、専門家は驚いた。ありがたくない例はオーストラリアを中心に生息していたセアカゴケグモが、1955年、日本に上陸したことだ。今や、神奈川県を北限に、あちこちで、定住し、どうやら、帰化生物になってしまった。
本シリーズでは、海外生活を送るために、必要な知識を高めるため、毒をもった身近な生物にふれた。

(1)クモとクモ毒

世界に約4万種、日本には約1,200種のクモがいる。クモは肉食性で、獲物を捕まえる牙と毒腺をもっている。クモに咬まれて中毒症状を引き起こすこともあり、クモ刺咬症(AraneismまたはAraneidism)と呼んでいる。

これまでに約180種のクモによる刺咬症が記録された。なかでも、「ゴケグモ類」「ジョウゴグモ類」「コマチグモ類」「イトグモ類」による刺咬症では、重症例や死亡例がある。「コマチグモ類」は、激しい痛みを伴うため、医療機関を訪れることが多い。「イトグモ類」は、壊死作用があり、難治性である。その他、世界の大型種、タランチュラ、トリトリグモ、アシダカグモなどが人に有害であると信じられているが、実際の毒はあまり強くない。

日本では、カバキコマチグモ、アカオビゴケグモ、オニグモ、ヤチグモ、オオヒメグモ、フクログモ、アシダカグモなどによる刺咬症が報告されているが、死亡例はない。このうち重篤なのは、ほとんどがカバキコマチグモによる被害である。その他のクモによる被害件数は、1~4件と少ない。

刺咬症以外には、接触性結膜炎として、オニグモ幼蛛の眼内迷入例が報告されたが、極めて稀である。クモ糸の接触による結膜炎、接触性皮膚炎などの報告もある。

クモの毒
クモの毒は、「神経毒」と「組織毒(壊死毒)」に分類される。前者は「ゴケグモ類」「コマチグモ類」「ジョウゴグモ類」「ドクシボグモ類」の毒。後者は「イトグモ類」の毒に代表される。

クモ毒の成分は、大変複雑で多くのタンパク成分と非タンパク成分を含んでいる。ATPアーゼ、エリンエステラーゼ、ヒアルロニダーゼ、エステラーゼ、プロテアーゼ、ホスホジエステラーゼなど、組織を破壊し、毒素を素早く標的器官に到達させる役割をもつタンパク成分と、セロトニン、スペルシン、ヒスタミン、ポリアミン、ヌクレオチドなど、発痛成分や生理活性物質として作用する非タンパク成分がある。

クモ刺咬症
代表的なクモ刺咬症は以下の通りである。

◆ゴケグモ刺咬症(Latrodectism)
[疫学]
ゴケグモ刺咬症は、アメリカ諸国、中南米、中近東、南アフリカ、南ヨーロッパ、オーストラリアの広い地域でみられる。田舎か、都会の周辺部の建造物内か、その付近で発症し、成人男性に被害が多い。一般に農繁期に多発し、年次によって爆発的に多発する。クモの繁殖期には活動性も高まるため、被害例も増加する。抗血清療法以前には、小児や老人の間で死亡例が出た。
1956年にオーストラリアでセアカゴケグモの抗血清が開発されて以来、セアカゴケグモによる死亡例はない。
米国では年平均4名の死亡者があったが、1983年以降はなしである。
抗血清は他のゴケグモにも効果がある。複数回の刺咬によるアナフィラキシも考えられるので個人差に注意が必要である。
日本では八重山諸島で、1950年代にゴケグモによる刺咬例報告があったが、台湾に分布するアカオビゴケグモによる被害だったと思われる。

[臨床症状]
クロゴケグモ(北米中心)やジュウサンボシゴケグモ(地中海地域)、セアカゴケグモ(オーストラリア)によるものが多い。
一般的に中毒症状の種類に従って、Ⅰ.初期症状、Ⅱ.局所症状、Ⅲ.全身中毒症状に分類する。

Ⅰ.初期症状:一般に鋭い針で刺されたような痛みがある。初期の痛みはすぐに治まるが、20~40分後に鈍い痛みが現れる。1箇所あるいは2箇所の刺し傷がある。
Ⅱ.局所症状:咬症部は発赤がないことが多いが、紅斑と浮腫を伴うことがある。局所の発汗がしばしばみられる。
Ⅲ.全身中毒症状:30分から2時間以内に激しい筋肉痛、筋ケイレンが始まる。胸痛や腹痛があり、狭心症や急性腹症と誤診されやすい。

日本で問題になるとすれば、咬まれたクモを本人が持参しない限り、刺咬症と判断するのは難しいことである。オーストラリアではセアカゴケグモでの重症化は刺咬例の22%に起こった。多くの場合は、症状は数時間で弱まるが、数日間にわたり軽度ながら反復する。

[診断]
クモをみつけて同定することが必要である。ゴケグモ類は腹部下面に赤い砂時計の紋様がある。腹部の板状強直、発熱、白血球増加症などから急性腹症を思わせるため、被害者は皮膚科ではなく外科を訪れることが多い。

[治療]
まず、すぐに水や氷などで冷やすこと、一般には抗ヒスタミン剤、ステロイド剤、鎮静剤、鎮痛剤、麻薬(モルヒネ)など対症療法で充分である。筋肉を弛緩させるベンゾジアゼピンも有効である。

唯一の特異的治療法は、抗血清である。抗血清は馬血清なので、アレルギー体質の者、あるいは以前、馬抗毒素の投与を受けたことのある人ではアナフィラキシーショックへの対応を忘れてはならない。皮内反応用のテスト液が抗毒素血清に添付されているので、あらかじめテストが必要である。

抗血清療法は以下の手順で行なう。はじめに抗ヒスタミン剤を筋注か静注する。その15分後にセアカゴケグモ抗毒素を筋注する。初回は1アンプル500単位で良いが、1時間以内に症状の改善がみられなければ、同量の抗毒素を繰り返し筋注する。それでも中毒症状が進んでいるようだったら静注に切り換える。この場合、少量のアドレナリンを投与しておき、補液(生理食塩水でよい)に混ぜて静注か、点滴静注する。極めて重症の場合は、呼吸管理、心肺機能監視モニターなどの緊急医療を必要とするが、オーストラリアでの2,000症例のうち、このような例は10例(0.5%)のみと少ない。



セアカゴケグモ(雄)



大阪で採取されたセアカゴケグモ(雌)



◆コマチグモ刺咬症(Chiracantism)
[疫学]
世界で約160種のコマチグモ類が知られているが、特に問題となるのはカバキコマチグモで、日本、朝鮮半島、中国に広く分布する。幼体、亜成体の時期は丈の低い草むらに生息。成体になるにつれてイネ科植物叢に移動し、その葉を巻いて狩猟、脱皮、交接、産卵用の部屋を作る。孵化後の仔グモが母グモを食殺する珍しい習性がある。

刺咬症は農村や田園地帯に多く、日本では5~8月のあいだに発症し、6月に多発する。6月は交接期で、特に雄は人家内に侵入し、寝具にひそむため、就寝中寝床で被害がおこる。野外では、巻いた葉の部屋を手で開いているときに刺咬される。その他のコマチグモ刺咬症も、本種刺咬症の疫学形態に類似する。

[臨床症状]
受傷時、激痛あるいは針でえぐられるような感じがあり、持続的な痛みや点状出血があり、病院で受診するような中等症に進む場合がある。受傷部位に2個の刺し口を認める。発熱、頭痛、悪心、呼吸困難、食欲減退といった全身症状(重症)も時にあり、稀にショック症状を呈する場合がある。羅病期間は2~3日間が普通であるが、局所の痛みやしびれ感は2週間も続くことがある。

[診断]
受傷時にクモをみつけ、同定できれば診断は容易である。

[治療]
対症療法として、受傷部の消毒と、かゆみに対する抗ヒスタミン剤あるいはステロイド軟膏の外用、鎮痛剤はモルヒネのような麻薬、あるいはペンタゾシンのような中枢性鎮痛剤が効果的で、一般の視床、脊髄性鎮痛剤では著効を得られない。

[毒成分]
刺咬時の激痛の原因はノルエピネフリン、エピネフリン、オクトパミンなどのカテコラミン類とセロトニンである。ほかにスペルミン、ヒスタミンも含まれる。重症をもたらす毒素は神経毒で、分子量が63,000前後のタンパク質と分析されている。


カバキコマチグモ



◆イトグモ刺咬症(Loxoscelism)
[疫学]
日本にもイトグモが分布するが、日本での刺咬事例はない。このなかで、ドクイトグモやイエイトグモによる症状は激しく、壊死的クモ刺咬症(Necrotic Arachnidism)とも呼ばれる。米国では1998年までに少なくとも126例のドクイトグモ刺咬症があった。たいていは局所的な皮膚の壊死だが、刺咬例の13%で全身症状(溶血性黄疸、血尿、心臓・肝臓・腎臓の機能障害)が記録されており、老人や幼児では稀ながら死亡例がある。南米のチリではイエイトグモにより、687刺咬例中、63人の死亡が記録されている(1873~1975年)。

イトグモは本来攻撃的ではないが、夜行性なので、衣類や敷布の下に入り込むことがある。大抵の被害者は寝るときや服を着るときに咬まれる。顔を咬まれることもある。被害は冬季に、幼児が成人より、女性が男性より多い。

[臨床症状]
咬まれたときに一過性の刺すような痛みがある。
初期段階(刺咬後0~2時間)は、顕著でない水泡形成、他の咬症に似ることが多い。周囲に異常な浮腫と紅斑、ほとんど診断できない程度。小型の水泡が形成される場合がある。
虚血段階(2~6時間後)は、最初の診断できる症状として咬傷部位の周囲に虚血域がみられる。明らかに毒の作用である。中等度あるいは激しい痛みがはじまる。

チアノーゼ段階(5~12時間後)では、虚血部は徐々に赤から青黒くなる。血管収縮の拡大と局所組織の酸素欠乏が伴う。この段階の初期には病変は咬傷部位の著しい酸素欠乏の進行拡大により無感覚になっている。刺咬部位の周囲に出血や紅斑を生ずる。全体に浮腫性となり、四肢の場合はしばしばリンパ管炎をおこす。
組織破壊段階(12時間以上)には組織の酸素欠乏から局所組織の破壊と壊疽が進行する。一般にこの段階では病変部は無感覚である。

25%の患者に、24~48時間のうちに全身症状が現れる。中等度の発熱、嘔気、不快感、重症の場合は嘔吐、関節痛、せん妄、ショック、昏睡になり、全身に麻疹様掻痒性、あるいは出血性皮疹が出現する。小児にはしばしば重症になりやすい。
全身症状を伴う場合は、2~3時間から数日のあいだに溶血がおこる。そのために血尿、ヘモグロビン血症、血小板減少症、黄疸、ネフローゼ、また白血球増加症、蛋白尿もみられる。

[治療]
広範な紅斑や膨疹がある場合は、初期治療として抗ヒスタミン剤やステロイド剤を投与する。もし低血圧その他の全身所見が加われば入院させる。
重症になる場合は、最初の8時間以内におこる。治療は対症療法が主。抗血清はブラジルで用意されている。
咬傷部位の壊死には植皮術が必要となる。


カッショクイトグモ(雌、有毒)




◆ジョウゴグモ刺咬症
[疫学]
シドニージョウゴグモが猛毒種であり、シドニー近郊160㎞圏内に生息する。しかし、他の種も致死的な毒性を持っており、注意が必要である。キノボリジョウゴグモはニューサウスウェールズ北岸およびクインズランド南部に分布する。近縁属のHadronyche属のクモも危険。
ジョウゴグモ刺咬症はオーストラリアの代表的なクモ刺咬症で、抗血清生産以前の1927年から1980年までに少なくとも13件の死亡例が記録されている。

[治療]
シドニージョウゴグモ用の抗血清はウサギ血清であり、効果は高いが、アナフィラキシーに注意が必要である。他のジョウゴグモ刺咬症にも有効という報告がある。神経毒作用に伴う呼吸困難の管理を行なう必要があり、小児例ではICUにて管理する。抗ヒスタミン剤、副腎皮質ホルモンなどは対症療法である。


沖縄県八重山群島産ホルストジョウゴグモ




◆ドクシボグモ刺咬症
ブラジルでは、クモ刺咬症の多くはハラクロドクシボグモによる。
[臨床症状]
子供はたいてい神経性のショックが観察され、冷汗過多や動揺、流涎、勃起があり、死亡する。

◆タランチュラ刺咬症
[疫学]
タランチュラはオオツチグモ科、またはトリクイグモ科に所属する大型のクモであり、その大きさから有毒で凶暴なクモと思われてきたが、人に対する毒性はほとんどない。
[治療]
炎症を緩和するのに抗ヒスタミン剤、副腎皮質ホルモンを用いる。
[毒成分]
タランチュラの毒は多様な成分、生物アミン、ポリアミン、アデノシン、ヌクレオチドやタンパク質を含んでいる。壊死毒や神経毒としてはタンパク質が主成分として抽出・分析されている。


参考文献
1) Ori.M.Biology of and Poisonings by Spiders.Handbook of Natural Toxius.USA:Marcel Dekker;1984.441―462
2) 大利昌久.池田博明.毒グモとその毒(1).現代化学(1996年);№4:54-60
3) 大利昌久.池田博明.毒グモとその毒(2).現代化学(1996年);№5:30-36
4) 大利昌久.クモ刺咬症と神経症状.日本医事新報(2001年);№4011:113-114
5) Ori.M.Ikeda.H.Spider Venoms and Spider Toxins.TOXICAL・TOXIN.USA:A Marcel Dekker;1998.405-426