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「海外生活と水」

途上国の水事情

東京医科歯科大学医学部医動物学
月舘 説子

●はじめに

 熱帯・亜熱帯の途上国への旅行や赴任中に下痢、発熱などの病気を経験したヒトは多い。今、世界では良質な飲料水が不足し、途上国では飲料水を媒体として毎日約3万人が何らかの感染症で死亡しているといわれている。このような状況下の海外、とくに発展途上国に在留する邦人にとって、健康を考える上で、飲料水との関わりを考えないわけにはゆかない。誰でもまず知りたいのは、在留している地域に「どのような水が供給されているのか」という水道水事情である。我々はこれまで世界各地で在留邦人が飲用している飲料水を調査してきた。今回、「海外生活と水」を取り上げることとなり、毎年行っている巡回健康相談時に各都市の、実際に在留邦人が使用している水道水、地元産ミネラルウオーター、家庭水(煮沸した水、浄水器でろ過した水、ミネラルウォーターなど)を採取し、検査した。その検査成績を基に、各地の水供給の実態などについて言及したい。


●方法

 今回、水質検査を実施した国々はアジア8カ国、16都市、中近東6カ国10都市、アフリカ8カ国9都市、東欧6カ国6都市、中南米4カ国4都市である。水採取時期は、1998年1月から3月までの期間と1998年5月から6月までの期間の2回に分けて行った。あらかじめ滅菌した容器に現地で、直接採水し、日本に持ち帰り検査した。検査方法は日本の水道法の検査法に準じて行った。
表1 飲料水を検査した都市


●各地の検査結果

1)アジア地域
 アジアは8カ国、16都市で採水した。東南アジアは近年とくに都市開発が著しく、大都市には人口が集中し、水不足は深刻化している。各国の浄水処理そのものは比較的徹底されているが、問題なのは、給水される過程で、水道管内に病原体や不純物が混入してしまうシステムがあることである。また、この地域は上水道設備は邦人が居住する地区では整備されているが下水道はほとんど普及していない。しかし、その上下水道が整備されたのは植民地時代のことである。地下に埋没されている水道管は定期点検や補修が充分とは言えない状況である。

 ジャカルタやダッカは雨期の洪水が有名である。ダッカでは洪水の裏にガンジスの水をめぐって上流のインドとの駆け引きがある。そして、雨期には感染症患者が急増している。このように途上国では、雨期には洪水があり、乾期には断水によって日本のように一定した水質の飲料水を得ることはできない。

 今回の検査で、水道水中より一般細菌、大腸菌群ともに12.5%の検体より検出された。一般細菌はバンドン、スラバヤの水道水よりそれぞれ104コ/ml、102コ/mlが検出された。大腸菌群細菌はスラバヤの水道水で101コ/mlが、そしてデリーの水道水からは104コ/mlも検出された。大腸菌群には大腸菌やシトロバクター属、クレブシーラ属の多くの腸内細菌科の細菌が含まれている。われわれの調査では、ジャカルタの水道水からシュードモナス属、アエロモナス属の腸内細菌類縁菌が、次いで大腸菌やシトロバクター属、クレブシーラ属、エンテロバクター属の腸内細菌が検出されている。このことは、水道水が糞便系汚染にさらされている可能性を意味するものであろう。

 今年7月のジャカルタの飲料水検査では、5/24(20.8%)の水道水に大腸菌群が検出された。一般細菌数102コ/ml以上検出された水道水は20/24(83.3%)であった。やはり、依然としてジャカルタの水道水は細菌汚染があり、病気を運ぶ「水」であった。

 インドネシア・ウジュンパンダンでは、最近、日本のODAにより多目的ダムが完成し、同時に浄水場・上下水道設備も整備され、一定の水量・水質が確保できるようになった。

 各国の浄水場では一応、塩素消毒がされている。しかし、給水の過程で、混入した細菌など不純物により消費され、ほとんどの家庭の蛇口からは残留塩素が検出されない。今回、ダッカ、カトマンズの水道水およびムンバイの家庭水より残留塩素が検出され、塩素消毒されていることがわかった。この3検水からは細菌は検出できなかった。末端の蛇口で0.1mg/l以上の残留塩素が検出されているので、もし糞便系汚染があっても、殺菌され、安全である。

 ミネラルウォーターの検査では、ダッカ、バンガロール、スラバヤ、重慶の地元産ミネラルウォーターから一般細菌が検出され、とくに重慶のものは一般細菌104.5コ/ml、大腸菌群103コ/mlが検出されている。ミネラルウォーターといえども信用はできない。

 また、この地域で飲用されているミネラルウォーターは硬度の低いものが多かった。デリー、ムンバイ、ダッカ、ホーチミン、シラチャ、重慶のものは総硬度が10mg/l以下で、ほとんどカルシウム、マグネシウムを含んでいないことがわかった。飲用にこの水を利用している長期滞在者や、成長期の小児ではとくに、食べ物から十分にカルシウムを補給するように気を付けなければならない。インドでは内陸に位置するデリーやバンガロールは200mg/l前後の総硬度を示し、海岸部のムンバイは軟水であった。マドラスやカルカッタの海岸に近いところでは、海水が混入した井戸水が多く見られ、注意が必要である。インドネシアは一般に軟水地域が多いが、スラバヤの水道水は総硬度350mg/l以上の硬水であった。ヤンゴンやホーチミンは河口に位置しており、かなりの軟水地域であった。中国の北京は十三綾ダムを水源としており、良質の飲料水が供給されている。しかし、最近、人口増加に伴って水不足が問題になってきている。上海は揚子江を水源としており、水質は極めて悪い。完全に殺菌消毒され、カルキ臭い水が供給されている。
表2 各地区の細菌検査成績
表3 アジア各地の硬度

2)中近東地域
 中近東はアジア各地と異なり、乾いた熱帯である。水道水、家庭水からは細菌類は検出されなかった。イスタンブールのミネラルウォーターから一般細菌103コ/mlが検出された。アラブ首長国連邦、サウジアラビア、クウェートなどペルシャ湾沿岸では、海水脱塩化工場があり、工場では汲み上げた海水をボイラーで沸かし、真水(蒸留水)を作っている。蒸留水はそのままでは飲料水としては不適当なので、カルシウムやナトリウムなどのミネラル分を混ぜ、殺菌してから飲料水として給水している。時に、蒸留不十分で塩素イオン濃度だけが異常に高値を示すものが見られる。マスカットでは海水を脱塩したものと井戸水を混ぜたものを水道水として供給している。河川水を利用する通常の水道水に比べるとコスト的には非常に高いが、石油よりも水が貴重である地域では、オイルダラーを利用して水を作っていると言えるだろう。また、ほとんどのところで下水道も整備されているので、アジアの都市のようなシステムで糞便成分が水道水に混入することはほとんどない。そして、在留邦人が罹患する疾病も、アジアとは異なり、水を介した経口感染症は非常に少ない。

 アルコバールはじめ、この地域ではほとんどの日本人はコンパウンドに居住しており、コンパウンドでは専用の大型タンクに水を購入し、水道水としているので、家庭水としても使用している。そのため、各ビルが備え付けている貯水槽が清掃されていなかったり、不潔な場合、蛇口からは汚染された水が出ることになる。生活水として洗面やシャワーに使用するのは問題はないが、飲用にはやはり、煮沸した水かミネラルウォーターの利用が安心である。

 この地域は作られた「水」がほとんどであり、硬度などミネラル分も日本の水質に近い。イスタンブールは石灰質地層のため、少し硬度が高い。地元産ミネラルウォーターの硬度はマナーマ、ドバイが非常に低く10mg/l以下であった。逆に、アブダビ、マスカットのものは非常に硬水で、300mg/l前後の総硬度を示していた。サウジアラビアではメッカ産ミネラルウォーターとしてHadaやSafaが信仰上、珍重されている。値段も高いが、安全な水である。
表4 中近東各地の硬度

3)アフリカ地域
 アフリカでは、多くの国々は国土の砂漠化や水不足に悩まされている。サハラ砂漠周辺の町などでは「フォガラ」と呼ばれる地下水道をつくり水利を確保している。これは砂漠の表面から立井戸を何本も掘り、底を水平方向につないで集落まで地下水を導いてくる仕組みになっている。ルワンダなどでは、日本からのNGOやボランティアグループの井戸掘りチームが現地の人々の水の供給を支援している。

 在留邦人が滞在している都市部では上水道設備は整備されている。しかし、マダガスカル・アンタナナリボでは常時肝炎の流行があるので、飲料水には十分注意が必要である。

 この地域ではミネラルウォーターからの細菌類の検出が著しかった。8検体中3検体に大腸菌群細菌が検出された。検出されたのはすべて西アフリカの国で、アクラ、アビジャン、カサブランカのミネラルウォーターであった。家庭水からも同程度に一般細菌が検出された。この地域の水道水は軟水が供給されているところが多かった。とくにラゴス、ナイロビの水道水は総硬度が低く、総硬度が10mg/l以下であった。ラゴス、ナイロビに長期間在留する場合は、十分、カルシウム分の摂取に気を付けなければならない。カサブランカでは同時に塩素イオン濃度が高く海水の混入も考えられる。

 ダルエスサラームでは不純物を除く硫酸アルミニウムがなくなり、一時期コーヒーのような水が供給されていた。最近では多少改善されているが、今回の検査でも色度20度(日本の水道法の基準は5度)の褐色の水が供給されていた。

 カイロでは水道管は100年前の植民地時代に埋設された物で、老朽化による破裂を防ぐため、水圧は低く抑えられ、水道の出はあまり良くない。他の都市も同様に旧英領の国々の首都は、旧仏領、旧ポルトガル領、旧イタリア領の国々より上下水道設備が整っており、現在でもその状態をある程度維持している。しかし、一般に水道の水圧が低いと、水道管の周りの汚水が管内に入り込む危険があるので、衛生面で問題が多く、熱帯病の伝染の原因となる場合が少なくない。
表5 アフリカ各地の硬度

4)東欧・ロシア地域
 この地域は全般的に硬水地域である。日本の水道の軟水を飲みなれた人は赴任当初、機械的な下痢を起こすことがあると思われる。

 この地域の水道水、ミネラルウォーター、家庭水からは細菌類の検出はなかった。感染症を考える点では一応安心な水である。しかし、アメリカやヨーロッパ諸国では、クリプトスポリジウムやランブル鞭毛虫の原虫のオーシストやシストが水道水に混入して集団感染が発生している。東欧地域では新しい国の再生後の情報は少ないが、欧米型の感染症を考えて対処すべきと思われる。ワルシャワ、ブダペスト、モスクワのミネラルウォーターは総硬度が300mg/l以上の硬水であった。一方、ソフィアでは非常に軟水のミネラルウォーターが販売されていた。
表6 東欧各地の硬度

5)中南米地域
 水道水、ミネラルウォーターからは細菌類は検出されなかった。家庭水からのみ50%に一般細菌が検出された。家庭用の水としてもミネラルウォーターを使用しているところが多く、取り扱い上の問題と思われる。開封後はできるだけ当日中に使用するようにしたい。南米は一般に硬水地域である。とくにサンチアゴ、リマなど高度の高い都市ではかなり総硬度の高い水道水が供給されている。それに比べ、サンパウロやリオデジャネイロは軟水が供給されている。
表7 中南米各地の硬度


●途上国における問題点

 水道水が生で飲用できない理由には1).病原微生物の混入がある、2).非常な硬水である、3).鉄サビをはじめ有害化学物質が混入していることが考えられる。途上国で問題となるのは病原微生物の混入、そして硬度である。地域的にはインド西ベンガル地方やバングラディッシュの井戸水から高濃度の砒素が検出され、多数の中毒患者が報告されている。これらの地方では以前は川の水を使用していたが、コレラの流行がきっかけで井戸水を使用するようになり、今度は砒素中毒になった。ガンジスデルタ地帯には砒素を含む地層があり、農業用水として水を多量に汲み上げ地下の水位変化が激しくなって砒素が溶けだしやすくなったものと思われている。どちらにしても、ヒトは健康障害を受けることになる。

 途上国では、日本のようにどこでも常に一定した水質、水量の水が供給されるとは限らない。熱帯の環境、とくに乾期、雨期によって水の供給は異なっている。乾期はたびたび断水があり、その後の水は病原菌などが凝縮されており、危険がいっぱいである。雨期は洪水がある。洪水後は水道水に糞便系汚染が拡大しているので、水を介した感染症が発生しやすい状況にある。

 また、経済状況も水質に直接反映されている。ダルエスサラームでは不純物を除く硫酸アルミニウムがなくなり、一時期コーヒーのような水が供給されていた。最近では多少改善されているが、今回の検査でも色度20度(水道法の基準は5度)の水が供給されていた。

 われわれはこれまで、飲料水と寄生虫感染との関係について調査し、大腸菌群の多く含まれている「水」を使用している邦人ほど腸管寄生原虫・寄生虫に感染していることを報告してきた。

 浜田らは1995年から今回と同一調査地で在留邦人の腸管寄生虫・原虫感染を検査している。1995年の結果、全被験者数963名中寄生虫陽性者は29名(3.0%)であった。最も多く検出されたのはランブル鞭毛虫、次いで赤痢アメーバ、回虫、鞭虫、異形吸虫であった。地域別ではやはりアフリカ、アジアが多かった。飲料水の検査結果で、やはり水道水中に大腸菌群が検出されたのはアジアとアフリカ地域であった。ところが、在留邦人は飲用にはミネラルウォーターや煮沸水を使用している。それにも関わらず、このような結果が得られたのは、水道水は飲用以外に使われているうちに、何らかのルートで病原微生物をヒトの口に運んでいると言うことだろう。食器や生野菜に付着した水滴、手洗いや洗顔から感染する機会も多いと思われる。病原微生物による汚染の激しい地域では、生活水を含めた浄化が必要となる。

 氷は途上国では一流ホテル以外はほとんど「生水」から作られている。生水を飲めない国では氷の入った飲み物はたとえウイスキーでも危険である。


●安全な飲料水を得るために

 途上国の水道水には、なぜ「生きた」大腸菌などの細菌類が入っているのだろうか。水道水にはどこの国でも消毒剤として「塩素」を入れている。実際、途上国でも浄水場では塩素を0℃、4気圧で液化した液体塩素を注入し、塩素消毒している。日本ではカルキ臭いとして嫌われ、浄水器などで塩素を除去して使用されている。

 塩素は強い酸化力、つまり強力な殺菌力を持っている。たとえ糞便成分が混入しても、水道水中に塩素が残っていれば、入ってきた細菌類は死滅する。しかし、現実には途上国の水道水中から大腸菌群細菌が検出されている。その原因は、糞便をはじめとする有機物が送水途中で水道管に多量に混入し、そのたびに塩素が消費され、蛇口から出る水にはすでに塩素はなくなっているからである。そして、水道水中にまぎれこんだ大腸菌などは、熱帯の繁殖しやすい気温のもので、元気に生きていることになる。

 今回、3検体に残留塩素が検出された。以前の調査では、塩素消毒された検水からも細菌類が検出された。その細菌は、Pseudomonas fluorescens、Xanthomonas maltophilia、Citrobacter freundii、Enterobacter cloacaeであった。シュードモナスは土壌、水生菌で、シトロバクター、エンテロバクターは腸内細菌科に分類される細菌である。いずれも日和見感染し尿路感染、下痢、化膿症を起こすことが知られている。

 殺菌消毒されていながら、なぜ、細菌が生きているのか。大腸菌は残留塩素濃度が0.5mg/ml、15分間接触で完全に死滅するのに対し、シュードモナス属菌は残留塩素濃度が0.5mg/mlで40分間接触でも生き残っていた。つまり、途上国の塩素消毒は不完全であるということである。

 このような状況で、どうすれば安全な飲料水を得ることができるのだろうか。自らの健康を守るために、途上国在留邦人は、水道水を煮沸する、浄水器でフィルターする、ミネラルウォーターを利用する、のいずれかの方法を行っている。浄水器の問題点については、他の項で取り上げているので、それを参照されたい。

 飲用にミネラルウォーターを用いることは簡便な方法である。しかし、今回の調査で、重慶やダッカ、イスタンブール、アクラ、アビジャン、カサブランカの地元産ミネラルウォーターは細菌類が検出されており、要注意である。ヤンゴンでは現地のヒトにもミネラルウォーター「Crystalはきたない」として好まれていない。Oasisがよく飲まれているようだ。事実、Crystalからは大腸菌群が103コ/mlも検出されていた。

 カトマンズでは同一容器でありながら水面高が大きく異なるミネラルウォーターが売られていたり、空のボトル(とくに硬いボトル)が売れるらしく子供達の小遣い稼ぎになっている。すべての製品が工場で生産されているとは限らないようだ。容器は信頼できる銘柄であっても、中の水は「ただの水」であることも多い。ミネラルウォーターには「ガス入り」のものがある。味はまずいが安全性はあると思われる。信用できる銘柄で、保存状態のよいものを選びたい。また、ボトルの口から汚染が広がるので、ラッパ飲みはすすめられない。開封後は早めに使用することも大切となる。

 インドネシアではミネラルウォーターの大きなボトルを専用の器具に設置し、冷水と温水が飲めるようになったものがよく使用されている。この場合、器具の内部が汚染されていることが多いので、定期的に洗浄し清潔に保つように気を付けなければならない。

 安全な水の確保のために、煮沸処理は最も行われている方法である。100℃沸騰後、5~15分間沸騰する。この条件で、ウイルス、細菌、寄生虫は死滅する。ただし、高地の場合は気圧の関係で100℃にはならないので、より長い煮沸時間が必要となる。煮沸後そのまま放冷させると、一時硬水の場合は沈殿物が生じる。これにより、硬度も少し低下する。煮沸水を利用する場合、問題となっているのは、その水を保存する容器である。容器が汚染されていることがしばしば見られる。新たに煮沸水を保存する場合は容器を煮沸した水でよく洗浄後、入れて保存することが大切となる。やはり、当日中に使用する。
表8 各地のミネラルウォーターの細菌汚染と硬度


●おわりに

 今回の調査では、在留邦人は家庭水としてミネラルウォーターや煮沸した水、浄水器でろ過した水などをいろいろ使っていることがわかった。健康な海外生活を送るために必要なことの一つは「安全な水」を使用することであろう。海外、とくに発展途上国では、日本でのように、無意識に「水」は飲めない。実際使用している水道水が時に「病気を運ぶ水」に変わることをいつも念頭に置いて、自衛することが大切である。

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